西武ライオンズ歴代外国人成績&寸評
08.1.現在 ライオンズ在籍選手の成績は07年終了時点

ジェイソン・マイケル・ジョンソン
在籍年 入団時
年齢
投・打 守備位置 主要通算成績 獲得タイトル
07年 34歳 右・右 投手 試合7 勝ち1 負け4 セーブ0
回数41
1/3 三振19 防御率4.35
なし
ポスティング移籍によるエース松坂の穴埋めとして推定年俸3億5千万円というライオンズ外国人投手史上最高年俸で獲得した期待のメジャー右腕。
故障持ちであったものの、レッドソックス在籍時に2桁勝利を挙げたこともある投手ということで大いに期待されたが、開幕後1試合に登板するものの肘の故障により一時帰国。
再来日後2軍調整を経て1軍登板するものの、期待に応えることなく僅か1勝のみで戦力外となる。
基本的にストレートが140`でるかでないかで球威もなく、カーブを主体とした投手であったが如何せんどの球も威力がなさすぎた。
この選手は糖尿病を患い、試合中にインスリンを自動注射しながら投球するスポーツ選手ということで話題を提供したが、残念ながら野球の成績で話題を提供することはないままだった。



アレックス・ジョセフ・グラマン
在籍年 入団時
年齢
投・打 守備位置 主要通算成績 獲得タイトル
06〜 29歳 左・左 投手 試合53 勝ち8 負け12 セーブ17
回数153
1/3 三振102 防御率4.17
なし
193cmの長身で「ツインタワー」としてギッセルとともに入団。
入団前は本格派左腕との前ぶれだったが、実際は140`前後の速球とチェンジアップ、カーブといった変化球とのコンビネーション投手。
開幕当初は1軍先発ローテとして4勝するもその後調子を落とし、研究もされ2軍降格となる。
2軍降格後はメジャー(ヤンキース)でプレーしたプライドが邪魔をし、首脳陣の指導助言を取り入れずそのままシーズン終了。
2年目はオープン戦から好調で、開幕から先発としてローテーション入りするも思うような成績を残せずにいたが、中継ぎに配置転換をきっかけに先発では投げていなかった140`中盤のストレートでグイグイ押すピッチングで不調のストッパー小野寺の代わりをするまでの信頼を得る。
その後はシーズン終了まで抑えとして安定感ある投球で17Sを挙げる。

この投手はなぜか左打者によく打たれるという不思議な投手である。


クリストファー・オーデル・ギッセル
在籍年 入団時
年齢
投・打 守備位置 主要通算成績 獲得タイトル
06〜07年 28歳 右・右 投手 試合32 勝ち7 負け13 セーブ0
回数183
1/3 三振141 防御率4.47
なし
196cmの長身で「ツインタワー」としてグラマンとともに入団。
入団前は150`右腕との前ぶれだったが、実際は140`がやっと出るか出ないかの速球とチェンジアップ、スライダーといった変化球とのコンビネーション投手。
身長のわりに急速もなく、凄い変化球もなく開幕当初から2軍暮らしも、シーズン中盤から、速いテンポで投げ込む「打者に考えさせない」スタイルで1軍に定着し6勝を挙げる。
2年目は飛躍を期待されたものの良いのか悪いのか判断が難しい中途半端な投球を繰り返し、結局1勝9敗防御率5点台という散々な成績のまま解雇となる。


ジェフリー・デイビット・リーファー
在籍年 入団時
年齢
投・打 守備位置 主要通算成績 獲得タイトル
06〜07年 32歳 右・左 一塁手
外野手
試合96 打率.256 本塁打21
打点60 三振77 盗塁1
なし
フェルナンデスに代わる助っ人として入団。
05年開幕当初は2軍暮らしもシーズン終盤から1軍に昇格。
主にDH専門として意外なところでの一発等、数字以上に印象に残る活躍をする。
期待された2年目はオープン戦からホームランを量産し、開幕からも大事な場面での一発等勝利に大いに貢献するが、それも長続きしなかった。
理由は内角のスライダー及びフォークにバットが空を切るという弱点が分かったためである。その後2軍での長い調整後、シーズンが終わろうとする間際にテストを兼ねた昇格をし、打率以上にいい活躍をするも年間通した安定感がなく、解雇となる。


クリストファー・ライト
在籍年 入団時
年齢
投・打 守備位置 主要通算成績 獲得タイトル
05年 28歳 右・右 投手 試合2 勝ち0 負け1 セーブ0
回数1
1/3 三振0 防御率40.50
なし
前年台湾で中継ぎとして活躍し、オフにソフトバンクの入団テストを受けるも不合格。
その後ライオンズに入団が決まるも、全く通用せず、僅か2試合の登板で早々と退団。


ホセ・フェルナンデス
在籍年 入団時
年齢
投・打 守備位置 主要通算成績 獲得タイトル
04〜05年 30歳 右・右 三塁手 試合251 打率.288 本塁打59
打点178 三振208 盗塁10
なし
03年ロッテで3割30本塁打100打点と活躍するも評価が低くその年限りで退団。
04年ライオンズに松井稼の抜けて弱くなった打線の補強として入団。
カブレラ故障の開幕からチームを引っ張る働きで貢献するも得点圏打率.250と勝負弱く、守備は23失策とリーグ最多。
05年は勝負強さが増したが中村ら若手の台頭により出番が減り、チームの方針により退団。
06年からは楽天でプレー。


トム・エバンス
在籍年 入団時
年齢
投・打 守備位置 主要通算成績 獲得タイトル
02年途 28歳 右・右 三塁手 試合78 打率.252 本塁打15
打点45 三振93 盗塁0
なし
マクレーンの故障により、5月に阪神からトレードで入団。
入団後はチームに勢いを付ける活躍をし優勝に貢献した。
ただ、外国人としては全てにおいて物足りなくこの年限りで退団した。


張 誌家
在籍年 入団時
年齢
投・打 守備位置 主要通算成績 獲得タイトル
02〜06年 22歳 右・右 投手 試合65 勝ち26 負け19 セーブ1
回数387 三振352 防御率3.81
なし
台湾代表のエースとして01年ワールドカップ3位決定戦で日本を5安打完封した実績を持つ。
02年4月末にライオンズに入団し、球速こそ140`前後も得意のチェンジアップとのコンビネーションで先発に定着し10勝をあげる。
その年、日本記録である28イニング連続三振奪取記録を樹立した。
しかし、2年目は1年目の成績で日本野球をなめ、調整不足による不調のままシーズンを終了する。
04年はまずまずの成績を残すも1年目のような投球ができず、05年は故障のため1軍登板がないまま終了。
06年も入団当初の球速、球威、キレと全てにおいて復活できず1軍登録のないままこの年限りで退団した。
性格にムラがあり、また手を抜く癖がありこれが彼の才能を摘み取っているように感じた。


アレックス・カブレラ
在籍年 入団時
年齢
投・打 守備位置 主要通算成績 獲得タイトル
01〜07年 30歳 右・右 一塁手 試合827 打率.306 本塁打273
打点686 三振785 盗塁11
最多打点:06年
最優秀選手:02年
本塁打王:02年
最高出塁率:02年
ベストナイン:02、03年、07年
前年までの苦手な左投手対策と貧打解消のためマクレーンとともに長距離砲として入団。
1年目はオールスター前までは3割をキープし、33本塁打放ち日本記録のシーズン55本塁打を更新すると思われる打撃を披露するが、後半はマクレーン同様外のスライダーにバットが空を切る。結局後半は16本塁打止まりで打率も急降下し、終盤の近鉄、ダイエーとの優勝争いでは貢献できず。
2年目からはマクレーンと違い、外のスライダーを見極めることができるようになり、打率・打点はリーグ2位、本塁打はシーズン記録に並ぶ55本を量産し本塁打王を獲得。
以後もライオンズ不動の4番打者として活躍するもフルスイングからくる腰痛と厳しい攻めによる死球禍により離脱も多い。また精神的にムラがあり守備は捕球術は素晴らしいが緩慢なプレーが目立つ。
07年は打撃にムラがあり、パワーも落ちてきてホームランは30本を超えることができないなど衰えが隠せなくなくってきた。シーズンオフの契約で高年俸(推定:単年4〜5億円程度)を主張するも交渉決裂し、その後オリックスに入団する。(オリックス推定年俸2億5千万)
ライオンズ外国人史上最強打者と言ってもよい選手であった。

余談ではあるが、07年ライオンズとの交渉決裂後のオリックスとの交渉途中に、大リーグ在籍時にステロイド(禁止薬物)使用報告書(通称ミッチェル・リポート)に使用者として名前が記載されていた。
カブレラ本人は使用を強く否定するも、他の記載有名選手が数名使用を認めている。(08.1現在)


スコット・マクレーン
在籍年 入団時
年齢
投・打 守備位置 主要通算成績 獲得タイトル
01〜04年 29歳 右・右 三塁手 試合320 打率.233 本塁打71
打点171 三振284 盗塁5
なし
1年目開幕時から、同僚カブレラ以上に本塁打を量産し"ツインバズーカ"としてチームを引っ張るものの、途中から弱点である外のスライダーを攻められ急降下。
2年目は飛躍が期待されたが、左手首の故障で長期離脱したまま終わる。
故障の癒えた3年目は1年目を上回る成績を残すかと期待されたが、弱点を克服できず1年目の成績を上回ることができず、シーズン後解雇。
04年カブレラの長期離脱の緊急補強として5月途中再入団も外のスライダーにバットは空回りするだけで2軍行き。守備も堅実に見えたが守備範囲は狭かった。


デル・トロ
在籍年 入団時
年齢
投・打 守備位置 主要通算成績 獲得タイトル
01年 29歳 右・右 投手 試合14 勝ち1 負け1 セーブ0
回数19
1/3 三振19 防御率5.59
なし
メキシカン・リーグからメジャー昇格した苦労人。
制球力はあるものの結果を残せず5月半ばに2軍落ち。再昇格後結果を出せず10月1日に解雇。
5日後母国で交通事故死し、球団は背番号32を期間限定欠番にした。


レジー・ジェファーソン
在籍年 入団時
年齢
投・打 守備位置 主要通算成績 獲得タイトル
00年 32歳 左・左 一塁手 試合89 打率.260 本塁打10
打点48 三振75 盗塁0
なし
マルティネス退団後の貧打解消のため、メジャー680試合、打率.300で長打も期待できる大物選手としてフェルナンデスとともに獲得。
しかし日本野球に馴染めず打撃不振で2軍降格を通告した首脳陣と揉め、8月末退団。


トニー・フェルナンデス
在籍年 入団時
年齢
投・打 守備位置 主要通算成績 獲得タイトル
00年 38歳 右・両 三塁手 試合103 打率.327 本塁打11
打点74 三振47 盗塁2
なし
38歳ながらもメジャー通算2082試合、2240安打、打率.288、94本塁打の大物助っ人。
卓越した打撃技術でリーグ4位の打率をキープするも年齢からくるスタミナ不足と膝の不安で常時出場は難しく、また守備も不安定だった。


ラファエル・ディアス
在籍年 入団時
年齢
投・打 守備位置 主要通算成績 獲得タイトル
00年 31歳 右・右 投手 試合7 勝ち0 負け0 セーブ0
回数8
1/3 三振7 防御率7.56
なし
春季キャンプで行われた紅白戦で好投し、テスト入団した。
抑えができるとの判断で獲得したものの球威・変化球ともにいまいちで2軍行き。
2軍でもフォームに欠点が見つかり3敗セーブなしの成績。


許 銘傑
在籍年 入団時
年齢
投・打 守備位置 主要通算成績 獲得タイトル
00年〜 24歳 右・右 投手 試合125 勝ち34 負け25 セーブ0
回数524 三振294 防御率4.14
なし
99年台湾リーグチャンピオンシップで2勝をあげMVPを獲得。
その後00年にライオンズに入団しローテーション入り。01年に2桁勝利し防御率も終盤まで1位を死守したが、最終的にリーグ2位に。その後は内角を付く投球ができず、肩の故障もあり低迷。


アーキー・シアンフロッコ
在籍年 入団時
年齢
投・打 守備位置 主要通算成績 獲得タイトル
99年 33歳 右・右 三塁手 試合15 打率.163 本塁打2
打点5 三振14 盗塁2
なし
内野ならどこでも守れる器用さとパワフルなバッティングを期待されマルティネスに代わる選手として入団。
しかし5番・三塁で出場するも全く打てず、6月末に解雇。


グレッグ・ブロッサー
在籍年 入団時
年齢
投・打 守備位置 主要通算成績 獲得タイトル
99年 28歳 左・左 外野手 試合34 打率.198 本塁打3
打点9 三振32 盗塁3
なし
マルティネスを解雇した後に獲得した選手。
しかし期待された守備・走力ともに全くダメ。合わせて打撃も酷く早々と退団。


コーリー・ポール
在籍年 入団時
年齢
投・打 守備位置 主要通算成績 獲得タイトル
99途〜
01年
30歳 左・左 外野手 試合106 打率.251 本塁打16
打点47 三振88 盗塁4
なし
不振のブロッサー、シアンフロッコに代わる存在として6月に台湾球界から入団。
初打席初本塁打を放つなど12本塁打を放つも得点圏打率.180と勝負弱かった。
00年からは第3の外国人として2軍で2年連続3冠王を活躍するも1軍では結果を残すことができず、01年は1軍出場0に終わる。


アラン・ジンター
在籍年 入団時
年齢
投・打 守備位置 主要通算成績 獲得タイトル
99年 31歳 右・両 一塁手 試合61 打率.202 本塁打8
打点28 三振59 盗塁2
なし
不振のシアンフロッコに代わり途中入団。デビュー戦では史上6人目となるデビュー戦満塁本塁打を放ち、待望の長距離砲かと思わせたが、その後は不振で8月に2軍落ち。


バリー・マニュエル
在籍年 入団時
年齢
投・打 守備位置 主要通算成績 獲得タイトル
99年 34歳 右・右 投手 試合1 勝ち0 負け0 セーブ0
回数1 
三振0 防御率0.00
なし
34歳の年齢で入団。シンカー、スライダーを決め球にするも球威がなく僅か1試合、1イニングの登板のみで2軍へ。2軍でも未勝利に終わる。


ブライアン・ラービー
在籍年 入団時
年齢
投・打 守備位置 主要通算成績 獲得タイトル
98年 31歳 右・右 二塁手 試合37 打率.277 本塁打2
打点12 三振5 盗塁1
なし
96年3Aで首位打者を獲得したアベレージヒッター。
高木浩之との併用で4月は3割をキープするが、その後期待された打撃で結果を残せず、高木浩之との二塁争いに勝てないまま2軍へ。


ジオバニー・カラーラ
在籍年 入団時
年齢
投・打 守備位置 主要通算成績 獲得タイトル
98年 30歳 右・右 投手 試合33 勝ち1 負け2 セーブ1
回数73
1/3 三振50 防御率4.91
なし
先発として入団も初先発で打ち込まれすぐに中継ぎに降格。
中継ぎでも安定感はなく、1、2軍を行ったりきたり。


テリー・ブロス
在籍年 入団時
年齢
投・打 守備位置 主要通算成績 獲得タイトル
98〜99年 32歳 右・右 投手 試合11 勝ち2 負け3 セーブ0
回数42
1/3 三振28 防御率5.74
最優秀防御率:95年(ヤ)
テスト入団で95年ヤクルト入りし、その年ノーヒットノーランを記録するなど14勝を挙げ最優秀防御率を獲得する。その後は年々成績が下降し、97年限りでヤクルトを退団。98年ライオンズに入団するも以前の輝きはなく99年途中帰国する。


ドミンゴ・マルティネス
在籍年 入団時
年齢
投・打 守備位置 主要通算成績 獲得タイトル
97〜98年 30歳 右・右 一塁手 試合263 打率.294 本塁打61
打点203 三振204 盗塁7
ベストナイン:97年
"マルちゃん"の愛称で親しまれた長距離砲。
打つことに関しては2年連続30本塁打以上と十分な働きをするものの、日本シリーズで敗れた首脳陣の「守備力の低さと機動力のなさ」という判断により解雇。その後は巨人で主に代打として活躍。
ファンとしては納得のいかない解雇により、その後2年間チームは左投手に特に弱い貧打に苦しむ。


ルディー・ペンバートン
在籍年 入団時
年齢
投・打 守備位置 主要通算成績 獲得タイトル
97途〜
98年
28歳 右・右 外野手 試合63 打率.227 本塁打6
打点20 三振33 盗塁4
なし
6月末に途中入団するも全く活躍できず。その年の秋季キャンプに参加し急成長し翌年の活躍を期待されるも結局期待に添えず。


ブライアン・ギブンス
在籍年 入団時
年齢
投・打 守備位置 主要通算成績 獲得タイトル
97年 32歳 左・右 投手 試合19 勝ち4 負け6 セーブ0
回数77
2/3 三振45 防御率5.10
なし
外国人投手として史上2人目の初登板初完封勝利をマークし、4月は3勝2完封と活躍するもその後は打ち込まれ1、2軍をいったりきたりで結局4勝止まり。後半は中継ぎに回される。


ロバート・ウィッシュネブスキー
在籍年 入団時
年齢
投・打 守備位置 主要通算成績 獲得タイトル
97年 30歳 右・右 投手 試合34 勝ち3 負け2 セーブ6
回数53
1/3 三振37 防御率4.22
なし
台湾経由のストッパー経験豊富な巨漢投手。
4月は自責点なしの3セーブと活躍するもその後はまったく通用せず。


スコット・クーパー
在籍年 入団時
年齢
投・打 守備位置 主要通算成績 獲得タイトル
96年 29歳 右・左 三塁手 試合81 打率.243 本塁打7
打点27 三振51 盗塁1
なし
"ロケットアーム"の異名を持つ強肩三塁手の中距離ヒッターとして前評判は高かった。
しかし守備では緩慢なプレーを連発し、打っては変化球に対応できず。


ダリン・ジャクソン
在籍年 入団時
年齢
投・打 守備位置 主要通算成績 獲得タイトル
95〜96年 32歳 右・右 外野手 試合254 打率.277 本塁打39
打点132 三振174 盗塁19
ベストナイン:95年
1年目は20本塁打と打率.289で1番打者として活躍。打点、打率はチーム内トップでベストナインに選出されるも、2年目は1年目の成績を上回ることができなかった。
ライトの守備では強肩でイチローと争う補殺を記録した。


マイク・パグリアルーロ
在籍年 入団時
年齢
投・打 守備位置 主要通算成績 獲得タイトル
94年 34歳 右・左 三塁手 試合80 打率.263 本塁打7
打点47 三振69 盗塁3
なし
内野ならどこでも守れる強肩選手として入団するも衰えは隠せず打撃、守備ともに低迷。
シーズン途中からはDHに。


ロッド・ブリューワ
在籍年 入団時
年齢
投・打 守備位置 主要通算成績 獲得タイトル
94年 28歳 左・左 外野手 試合74 打率.232 本塁打8
打点31 三振54 盗塁1
なし
左の大砲候補として入団も期待に応えることができなかった。


ホセ・トレンティーノ
在籍年 入団時
年齢
投・打 守備位置 主要通算成績 獲得タイトル
93年 32歳 左・左 外野手 試合30 打率.152 本塁打1
打点6 三振19 盗塁0
なし
アベレージヒッターの前評判でデストラーデの後釜として入団するも、打率も長打もなかった。


レイモンド・ヤング
在籍年 入団時
年齢
投・打 守備位置 主要通算成績 獲得タイトル
91〜92年 27歳 右・右 投手 試合5 勝ち1 負け2 セーブ0
回数19
2/3 三振13 防御率5.95
なし
郭、デストラーデに次ぐ第3の外国人として入団。
速球の速さはあるものの制球難でこの2人以上の実力はなくほとんど2軍。
1年目の初登板で初勝利も2年間でこれが唯一の勝利だった。


オレステス・デストラーデ
在籍年 入団時
年齢
投・打 守備位置 主要通算成績 獲得タイトル
89途〜
92、95年
27歳 右・両 一塁手 試合517 打率.262 本塁打160
打点389 三振529 盗塁42
本塁打王:90〜92年
打点王:90、91年
ベストナイン:90〜92年
言わずと知れた"カリブの怪人"。西武黄金期不動の5番バッターで多くのファンに愛された。
不振のバークレオに代わる助っ人として6月に入団する。途中入団も32本塁打し長打力を遺憾なく発揮する。
その後も打率は.260台も本塁打王、打点王を獲得するなど秋山、清原の後の脅威の5番打者として黄金期中盤を支える。また、巨体ながらも二桁盗塁を3度記録するなど意外と盗塁がうまかった。

その後、大リーグに復帰し1年目は四番に座り20本塁打、87打点の成績を残すも2年目は不振。95年再度ライオンズに復帰するも以前の輝きは既に無く、また家族の事情もあり途中退団する。
この年は投手としてマウンドに立ち、独特のガッツポーズとともに記憶に残る選手であった。


バン・バークレオ
在籍年 入団時
年齢
投・打 守備位置 主要通算成績 獲得タイトル
87途〜
90年
25歳 左・左 外野手 試合196 打率.243 本塁打53
打点123 三振189 盗塁5
なし
育成目的で6月に来日し、1年目は2軍。
2年目はリーグタイ記録の4本の満塁本塁打を放つなどホームラン38本を量産。
しかし、その後は粗い打撃が目立つのみで、91年に広島に移籍するもここでも輝きを取り戻すことができず。


ジョージ・ブコビッチ
在籍年 入団時
年齢
投・打 守備位置 主要通算成績 獲得タイトル
86〜
87年
30歳 右・左 外野手 試合222 打率.256 本塁打32
打点113 三振141 盗塁0
なし
スティーブの後釜として入団も打率、本塁打ともに物足りない数字だったが、86年の日本シリーズでは日本一を決定付ける二塁打を放つ。翌年の日本シリーズでも活躍するも思ったような成績を残せず退団。


郭 泰源
在籍年 入団時
年齢
投・打 守備位置 主要通算成績 獲得タイトル
85〜
97年
23歳 右・右 投手 試合272 勝ち117 負け68 セーブ18
回数1682
1/3 三振1069 防御率3.16
最優秀選手:91年
最高勝率:88、94年
ベストナイン:91年
ゴールデングラブ:91、92年
言わずと知れた西武史上最高の助っ人投手。
"オリエンタル超特急"と呼ばれた快速球と切れ味鋭いスライダーと抜群の制球力で長期に渡って活躍。
入団年の6月4日にノーヒットノーランを達成。
ただ、その特徴である肘を使ったピッチングが故障を招くこともあり、晩年は故障に苦しむ。
96年にFA取得し外国人枠を外れた。


ジェリー・ホワイト
在籍年 入団時
年齢
投・打 守備位置 主要通算成績 獲得タイトル
84年 32歳 右・両 外野手 130試合 打率.243 本塁打27
打点68 三振75 盗塁12
なし
打撃不振でクリーンアップから下位に打順を落としたが長打はあった。
移籍先の大洋ではホワイトの登録名。


テリー・ウィットフィールド
在籍年 入団時
年齢
投・打 守備位置 主要通算成績 獲得タイトル
81〜
83年
28歳 右・左 外野手 374試合 打率.289 本塁打85
打点280 三振143 盗塁13
ベストナイン:81、83年
タイトル獲得こそなかったが、81年は打率リーグ3位、83年は本塁打、打点ともにリーグ2位と打撃はトップクラス。83年日本一を決定付けた第7戦での満塁の走者一掃逆転二塁打は印象的。
本塁打を打った後に、スタンドにお辞儀をするパフォーマンスと、「テリーズ・ボックス」を設け、恵まれない施設の子供達をポケットマネーで招待するなど印象深い選手だった。
しかし、メジャー復帰を希望し退団。ドジャースで活躍する。


スティーブ・オンティベロス
在籍年 入団時
年齢
投・打 守備位置 主要通算成績 獲得タイトル
80途〜
85年
29歳 右・両 一・三塁 686試合 打率.312 本塁打82
打点390 三振320 盗塁6
最多勝利打点:83年
最高出塁率:83、84年
ベストナイン:82、83年
80年途中に入団し、65試合で打率.314、16本塁打と活躍。
入団年に本塁打を量産したのでホームランバッターかと思われたが、以後本塁打は10〜20本と少ないが安定して打率3割をキープし、82年から打率はリーグ4位、2位、3位と長く活躍した典型的なアベレージヒッターだった。
普段はCM契約していたカツラを着用しプレーしており、走塁中にエライことになったことも。
西武創設から黄金期前半までの間に活躍した西武を代表する助っ人。


タイラー・ダンカン
在籍年 入団時
年齢
投・打 守備位置 主要通算成績 獲得タイトル
80年 27歳 右・右 三塁手 64試合 打率.235 本塁打14
打点36 三振27 盗塁2
なし
ホームランを期待され入団し、前期チームトップの14本を打つが打率はさっぱり。
守備も粗くスティーブと入れ替り退団。


ジム ・ タイロン
在籍年 入団時
年齢
投・打 守備位置 主要通算成績 獲得タイトル
79途〜
81年前
30歳 右・右 外野手 186試合 打率.280 本塁打43
打点92 三振111 盗塁18
なし
79年途中入団し、58試合で8本塁打も打率.291の成績を残し、2年目は128試合で打率.276も35本塁打と活躍する。
しかし81年開幕前に、テリー入団によりトレードを志願し南海へ。守備は下手。


トニー・ミューサー
在籍年 入団時
年齢
投・打 守備位置 主要通算成績 獲得タイトル
79年 32歳 左・左 内野手 65試合 打率.196 本塁打2
打点10 三振30 盗塁2
なし
全く活躍することなくオールスター前に退団。


ジャック・マルーフ
在籍年 入団時
年齢
投・打 守備位置 主要通算成績 獲得タイトル
79年 30歳 左・左 外野手 129試合 打率.290 本塁打12
打点48 三振48 盗塁18
なし
独特のクラウチング・スタイルでミートに徹し、ホームランは少ないが足もそれなりにあり1番打者としてはまずまずの成績を残すも1年で退団。















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